キャトーズ・ジュイエ

そうか、本日は14 juillet(キャトーズ・ジュイエ ※7月14日)だ。フランス建国記念日である。現地では毎年、朝10時頃よりシャンゼリゼ通りからコンコルド広場まで盛大な軍事パレードが行われ、夜には各地で花火が打ちあがる。特にエッフェル塔を背景にしたアーティスティックな色とりどりの花火の演出が有名である。エッフェル塔の元では夜まで華やかなコンサートが行われて、とにかく国中でこの日を祝う。

さてネットニュースを見たら、どうやら今年は例年通りの規模で行なわれるようである。すでに凱旋門を背景に、煙でフランス国旗色を表現したアクロバット飛行の様子の朝の軍事パレードの写真がたくさんあがっていた。

今年は、というのは2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止として、止む無くパレード中止、コンコルド広場でのセレモニー形式とされたからだ。どうやらシャンゼリゼのパレードが中止になるのは第二次世界大戦時以来だったとのことで、目にも見えない新型ウイルスとの人類の闘いは、それほどの歴史的インパクトを世界各地に与えているということ、ことあるごとに思い知らされる。

さてデルタ株の影響で新規感染者がまた少し増加している本日のフランスにおいてではあるが、子供たちの学校も夏休みに入り、大人も多くはバカンス真っ最中、欧州の短い夏をひとときの太陽の輝きを謳歌している時期だ。そんな中で、今年はワクチン接種も大分進んだ地で通常通りに近いお祝いができたのであれば、元気を取り戻した人も多いと思った。

この「建国記念日」「国民の日」の日の高揚感にちょうどあたる祝日は日本では多分なく、あまりピンと来ないのは建国の成り立ちの背景が違うので仕方がないのだろう。老若男女、フランスという国を陽気に祝うのだから、日本にそのままシフトしたら非常に奇妙な感じがする。あれ、日本の建国記念日はいつだったかしらん。

この日のお祭り騒ぎの背景や本質が分からないまま、うっかり現地で遭遇してしまった日本人の自分などは「フランスは共和国だった」と気づかされる日である。そう、フランスは、イギリスのように王国でもなく日本のように象徴としての天皇がいるのでもない、共和国なのだ。

愛国心という言葉に、先の戦争のイメージがついてまわり非常に繊細な問題ともなりうる日本での用語イメージとは恐らく正反対なほど違う。国とその文化背景が変われば、言葉のイメージもこれほど違うという文化比較は興味深い。

この日、国民はフランスという彼らの国を祝うのであって、間違っても国のVIP、大統領や政治家を讃頌するのではない(むしろ役職についた彼らはこの愛すべき国を上手に導くべき義務が発生している、という国民感覚かと思われる)。

政治的な考え方もそれぞれ、体制にはいろいろ不満も多い(デモばっかりやっている)国民の誰もが一様に同じく愛するフランスという国、というこの記念日の概念を最近ようやく理解してきた。

革命記念日、バスチーユ記念日の呼び名の方が、この日のイメージに合うのかもしれない。フランス人のデモ精神、討論好きの根底には(もちろん昨今デモに便乗して暴動を起こすような一部の欲求不満の悪を除いてだが)、権利とは市民が権力者と闘って勝ち取るもの、そうやってこの国を設立したのだという強い誇りと意志を感じる。

いまも先人が勝ち取った市民の権利に続く闘いであり、この国は市民がバスティーユ時代から闘い続けて勝ち取った国だからこそ、若い世代でも政治にも無関心ではいられる訳がないとも聞いた。

なるほど、フランスという国で生きていくには、ところどころ自分の権利のために主張し闘わないといけないのは、こういう国の背景にあるのかなと思いながら、さてさて今年のキャトーズ・ジュイエは、日本から今年のエッフェル塔の花火を堪能したい。

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