フランスに1年半以上行けない時代が来た。
年間5回はどんなに短い休みでも、その地を踏むことに意味があるとでも言いたいのか、意地でも行っていた2019年までのビフォアコロナ時代。
さて、日本にいるとたまに強烈に食べたくなるのが、フランスの素朴なパン。有名店のパンはもちろんおいしいが、有名店ではなくてもそのカルティエ(エリア)の住人がお気に入りの店を決めて、夕方の帰宅前の人々が行列するようなパン屋も多い。
水が硬質と軟質で違う、粉が違う、色々理由はあるようだが、あの乾燥した空気もパリッと焼かれたパンに合うのかもしれない。
このパンについて考察して、コロナ禍のいま気を紛らせたい。
「フランスパンとは何ぞや問題」である。フランスパンとは「日本米」の類義語か。
分解するとフランスのパン。
フランスにあるパンは、それがスーパーの大量製品でも、パニーニのような形状の元はフランス発祥ではないパンでも、どんな種類でも全て「フランスのパン」となる理屈だが、日本ではしばしばその用語は小麦粉・塩・水・イーストのみで作られる細長いパン、中でも「バゲット」類をダイレクトに指す用語として使われている。
では、フランス語でパンは何と呼ぶか、改めて。
ご存じの方も多いだろう「Pain(パン)」である。ああ、日本人はパンをフランス語で呼んでいたのだ。
ちなみに英語Bread(ブレッド)ドイツ語Brot(ブロット)イタリア語Pane(パーネ)…
(前述ちなみに、では、食べ物の単語で馴染みがある気がしたセレクトで全く深い意味はないのだが)この4言語の流れを検証してみると…
Bから始まるのが、ゲルマン語派の西ゲルマン語群に属する言語の英語やドイツ語
インド・ヨーロッパ語族
→ゲルマン語派
→西ゲルマン語群
→アングロ・フリジア語群→英語
→高地ドイツ語(標準ドイツ語)
Pから始まるのが、イタリック語派のラテン語群ロマンス語系統のフランス語とイタリア語
インド・ヨーロッパ語族
→イタリック語派
→ラテン・ファリスク語群
→ロマンス諸語
要は、日本がパンとP系言語で呼ぶのは、ラテン語群ロマンス語系統からの影響といってもよいのか。いや、日本にはフランス語が直接入っただけだろう。
勝手な考察では、この結論は出なそうなので、話をバゲットに戻そう。
バゲット(Baguette) の語源はその見た目の通り「杖・細い棒」。ちなみに「お箸」も冠詞を複数形にしてバゲットと呼ぶ。バゲットの規定は(近年のバゲットコンクールでは)、*長さ50cm、*重さは250g、塩分含有量は粉1kgに対して18gまでとのこと。
*誤差±5%まで
バタール(Bâtard)は、バゲットと同程度量の生地を太く短く焼いたもの。バターと音が似ているが、バゲットに同じくバターは一切入っていない。「中間の」と説明されていることがあるようだが、このBâtardは人をののしる良くない言葉なので、あえて今使うこともないのかもしれない。と言うのも、日本のパン屋では今もしばしば見る一方、パリのパン屋であまり見かけないのだが、そういう理由なのか、このサイズ感の需要が多くないのか、どうしてだろう。
フィセル(Ficelle)長さ約30cm、重量約120~150g前後とバゲットの約半分の幅の細いパンで、「紐」が語源。
ブール(Boule)重量約300gの半球状のパン、英語で言うところの「ボール」。
なんと、これ全部材料は一緒で、名前の違いは、形だけの違いなのである。
さらにエピ(稲穂)など、まだあるが、とにかく日本で「フランスパン」と呼ばれそうなパンの呼称はこれだけ複数あり、それだけ現地にはパンの文化と歴史、なによりこだわりがあるのだろう。
バゲットのサイズ例の参照で出した「バゲットコンクール」とは、毎年4月にパリ市が開催する優勝者への4,000ユーロの賞金のほか、大統領官邸エリゼ宮に1年間バゲットを納める約束となるコンクールである。バゲットとは、日本人の私ではまだ語りつくせないフランス文化の神秘なのである。
しかし無性に時々食べたくなるのは、パリの名もなき街角のカフェで出てくるような、少し皮が柔らかめで、明らかに有名店のバゲットではない適当なタルティーヌ(横から半分に切ってバターやジャムを付けて食べる)だったりするから、バゲットの魅力は奥深い。